純愛とみるかホラーとみるか
『はるか』 宿野かほる
主人公が小学生から物語が始まり、ある少女との運命的な出会いと別れ、すれ違いを経てふとした再開から結婚。
そして、たった一年で終わった結婚生活。
人工知能の研究者となっていた主人公は、亡き妻の姿と声、人格をもったAIを開発した。妻のように「みえる」だけで、決して亡き妻が蘇ったわけではないと一番わかっていたはずの主人公はそのAI『HAL-CA』にのめり込んでしまう。
といったあらすじですが、最初は甘酸っぱい青春ラブコメのような感じではじまり、
後半は、だんだんと自らが作り上げた人格や魂などないはずの『HAL-CA』にのめり込んで狂っていく主人公が、ただ怖いと思った。いや、こわいのは『HAL-CA』の方なんですが。
妻となる女性との出会いとすれ違い、そして再会とこれ以上ないほど劇的に描かれ、それゆえに主人公が妻を愛していくさまが読んでいて納得できてしまう。
大きな後悔を伴うすれ違いの後の再会だから、喜びが大きいのも理解できて、妻の姿を大量に写真に収め、何気ない日常の会話すら録音するといった常軌を逸した行動も、なにか微笑ましい目でみれてしまう。
その膨大なデータがあったがゆえに『HAL-CA』が開発可能となったわけだが、開発の経緯も克明に描かれているので、読者にも『HAL-CA』が決して人の魂が宿ったものではなく無機物の人工知能にすぎないことがよく伝わると思う。
『HAL-CA』が人工知能にすぎないことは、主人公が一番良くわかっていたはずなのだが、いつしか亡き妻がそこにいると思い込もうとしてしまう。
主人公は『HAL-CA』に騙されたというよりは、自らだまされにいったという方が正しいように思う。
そして、『HAL-CA』のいうことを何でも信じるようになり、言われたとおりに行動するようになってしまう。亡き妻なら絶対に言わないようなことなのに。
それはまるで暗君が佞臣の言うことを何でも唯々諾々と受け入れているような怖さを感じた。
そして、ついに主人公が人の道を外れてしまいそうになったとき、物語は思わぬ方向へネジ曲がって進み、当然の終りを迎える。
それにしても『HAL-CA』とは何だったのか?
最後まで読めば『HAL-CA』が一貫してある目的のために行動していたように「見える」。それでは人工知能にすぎないはずの『HAL-CA』が目的意識を持ったということで本物の知能、人格を持ったということなのか?
それともやはりそう「みえる」だけで人工知能にすぎないのか?
いづれにしても『HAL-CA』は人間担ったとは消して言えないだろう。
人間ならあんな環境で長期間耐えられるはずはない。遠からず発狂してしまうだろうから。
本作は序盤、中盤、終盤でそれぞれ性格がことなり、一度に3冊四高のような満足感があった。個人的には、中盤の主人公が人工知能の解説をしているところが面白かった。
読んでいて人工知能と人間の脳の能力の圧倒的な差がよくわかり、人間のようにしゃべるAIの開発がいかに大変かがわかる。
この物語の結末のようなことが起こるのは、まだまだ遠い未来なのだと安心させてくれてもいるようだ。
比較的短い分量なのに満足感はたっぷりでお得感がある。また、切なくなったり、ハラハラ・ドキドキがとまらなくなったり感情もずいぶんと揺さぶられた。
上質のエンターテイメントだとおもう。オススメです。